この地域は、山沿いに史跡の多いところです。
仏像や神社、城跡などが点在し、灌漑(かんがい)用水にも面白いしくみがみられます。
木原寿八郎の碑
トレーニングセンターの駐車場脇に功績を讃える碑が建っています。
木原寿八郎は、水不足に悩む立神、庄分、内田地区に水を引き、村人の願いをかなえた人です。1824年のことです。当時惣庄屋であった木原寿三郎は鵜ノ瀬堰(うのせぜき)から取り入れた水を梁(やな)の上流から引き、豊内、横田の山沿いを通して現在の中学校があるところへと導水したのです。200mにもおよぶトンネル工事は困難を極め3年もの期間を要しました。碑は用水路の脇に建っています。用水路を辿ってみるのも楽しいものです。
所在地 甲佐町大字中横田
目野の薬師如来
中学校から山越えすると目野地区に出ます。この地区は10数カ所にも及ぶ寺坊が繁栄していたところでした。戦国時代、小西行長の仏教弾圧により焼き払われたといわれています。
像は薬師堂に安置されています。(町指定文化財)
所在地 甲佐町大字中横田
早川城址
早川地区に来ますと、田圃の中に突き出た小高い山があります。ここが早川城址です。城山とも言われています。
建長5年(1253年)渡辺守秀村が築城したものです。その後、早川氏と名乗っていました。阿蘇家の家臣として仕えました。現在は木々に覆われて、名のみを残しています。
所在地 甲佐町大字早川
円福寺跡阿弥陀如来像・六地蔵
早川城址を見ながら進みますと十字路に出会います。そこから100m程のところから右に進むと、円福寺跡があります。
阿弥陀如来像は欅材の一本造りです。室町時代の後期、永正10年(1513年)に製作された仏像です。
所在地 甲佐町大字早川
厳島神社
早川地区は、神社仏閣の多いところです。さらに北に進むと、厳島神社に出会います。五穀豊穣祈願のために、阿蘇大宮司惟信が芸州厳島より分霊を移して祀ったのです。厳島神社の名はそこからきています。
所在地 甲佐町大字早川
山出の六地蔵
供養灯には、4面のものや8面のものもありますが、6面が原則とされていて、それどれの面に地蔵を刻してあります。中国から伝えられ、鎌倉時代以降に広まりました。
所在地 甲佐町大字白旗
山出神社
六地蔵の前の道を進むと山出神社の鳥居が見えます。久寿元年(1154年)鎮西八郎為朝が雁回山から白羽の矢を射て、矢が落ちた所に自分が崇敬する神明を祀ろうと祈って矢を放ったところ、この山に当たり、そこを白旗山と称し、西の麓に社殿を建てたとされています。
所在地 甲佐町大字白旗
二段橋
浅井の二段橋と呼ばれていますが、橋が二段になっているのではなく、谷川の上を灌漑用水路が交差して流れていることから、こう呼ばれています。
緑川の両岸に広がる平野には堰から引いた灌漑用水路が、隅々まで通っていますが、水路を引くにはいろいろな工夫が凝らされています。
このしくみは、竜野川の下を交差して白旗地区に導かれている(塔ノ木)用水路などにも見られ、よく観察しながら辿ると先人の苦労が偲ばれます。
所在地 甲佐町大字下横田
社会教育課 社会教育係 : 電話 096-234-2447社会教育課 町史編さん室 : 電話 096-234-3310
